北海道発!トラック運転手の実態 ブラック企業からの脱出

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どうもヤンタカです!

僕は自慢はできませんが、これまでに運送会社を数十社経験しています。

世間一般的に言われる「ブラック企業」に勤めていました。

今回は今までにお世話になった会社の中で特に印象に残った会社の仕事内容と給与について、

赤裸々に綴っていきたいと思います。

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○○輸送サービス(仮名)

この会社では主に4トン冷蔵、冷凍車を担当してました、

某大手居酒屋チェーン、某大手弁当屋チェーンの食品配送で、

出勤時間は午前6時。

会社から積み込み先○○物産(仮名)まで約20分、

大体6時40分頃から今日の配達先の伝票整理、

7時過ぎから荷出し開始です、朝の配達は弁当屋さんからです。

気温差約50度でフラフラに

この荷出しというのは、まず常温、冷蔵、冷凍と自分でリスト(商品名や数量が書いてある)を見ながら出していくのですが、

常温、冷蔵はまだ良くて、冷凍にもなるとー20度の巨大冷凍庫に1時間弱入って荷出ししなければならなくて、夏場になると気温差約50度もあります。

真夏の炎天下の中、防寒着を着てスキー帽をかぶり、手袋をはいて作業しなければならず、

この気温差にすぐ体を壊してました。月一で風邪引いてました、

この冷凍庫の荷出しが終わると気が遠くなってました。

指先の感覚も長い間入ってると無くなってきます、

たとえ熱が40度あろうとも、人が足りないので休むことは絶対出来ませんでした。

荷出しが終わると今度は荷詰めをします、

各店舗ごとに出してきた商品を振り分け、段ボールや折りたたみコンテナ(オリコン)に詰めていきます、

この商品というのが大体300~500アイテムくらいあって、常温、冷蔵、冷凍に分けられています、

大体オリコンの1個あたりの重量10~20キロくらい、

この時点で大体午前9時、フラフラしてます。

積み込み 配達(弁当屋)

それぞれ詰め終わったら次はトラックへの積み込みです、

各運転手の割り当て件数は一人大体10件、多い人で15件くらいでした。

僕は15件持ってました、1番最後に行く店を最初に積み込み、約1時間かかって積み込んでいきます、

積み込み終了午前10過ぎ、早い奴はもう出てます、

僕は15件持っていたので大体出発はこのくらいの時間です、

弁当屋さんは大抵道路に面した1階にあるので、台車が使えるので配達は楽でした。

ただ思いっきり営業時間内であるため、おばちゃん達に邪魔にされながら搬入してました。

昼休みはありませんでした、走りながらおにぎりをカジカジしてました、たまに荷物の少ない時など、30分くらい取れればいい方です、

配達が終わり○○物産に帰ってくるのが大体午後5時、

それから回収してきたオリコンの整理をして、午後5時30分くらいから約1時間休憩します、

これから配達する居酒屋のリスト待ちです。

夕方の部 居酒屋の配達

大体リストが出るのが18時30分くらいなのですが、早い時や遅い時があるので、休憩時間はそれに合わせる感じです。

1時間休めればいい方でした、

リストが出たらさっきと同じように、常温、冷蔵、冷凍と荷出ししていきます、

この時点で常温、冷蔵が天国に感じられます、

冷凍庫はやはり地獄でした、本日2回目の防寒着を着て、荷物を出し終わる頃には倒れそうです、

出し終わり梱包をし、積み込みをします、弁当屋と違い居酒屋は荷物が重い!

調味料の数がハンパないし冷食の数も物凄い!

オリコンの重量が大体1個20~30キロ、弁当屋から見て約10キロ増しです。

大体20時出発です、

居酒屋の1人あたりの割り当ては大体10件くらい、

ただ居酒屋は地下やビルの階上にある事が多く、配達も容易ではありませんでした、

大抵繁華街にあり、トラックを止めるにも一苦労です、

1個あたり30キロ近くあるオリコンを持って階段を10~15往復しなければなりません、

酔っぱらいのお客さんに絡まれる事も・・・

店に荷物を上げたら次は自分で冷蔵庫や冷凍庫に店員に邪魔にされながらそれぞれの商品をしまっていきます、

たまに店員さんの舌打ちも聞こえてきます(泣)

受領書にサインをくれない時の対処法

商品をしまい終えたら最後に受領書にサインをもらうのですが、

その枚数50~80枚、忙しい店舗になると100枚を越えることもある、

その1枚1枚にハンコやサインをもらうのですが、当然営業時間である為店長が忙しく走り回っています、

受領印は店長でないと押せない決まりがあるらしく、店長の体が空くまで20~30分待つこともしばしば、

体が空いたら空いたで「この忙しいのに!」とか「状況考えろ!」とか言われ、

しまいには押してくれない事もありました、

そう言う時は1枚だけにサインを貰い、その字体を真似て自分で受領書にサインをしていました。

給料が安くても・・・

ただいい人も当然いたし、楽な所もありました、

階段じゃなくエレベーターを使える所は運転手同士で楽園と言っていました(笑)

配達終了時間は大体23時、

それから回収してきたオリコンの整理をし、

業務終了23時30分、会社着23時50分、帰宅時間0時20分、という具合でした。

それからまた5時30分起床と続いて行きました。

毎日が地獄でした、リストが調子よく出ればいいんですが、

機会の故障等でずれ込む事なんて事があれば最悪です、時間もずれ込んできます。

冬なんて特にそうです、吹雪の日なんかは○○物産に泊まる事は当たり前でした、

こんだけやって月の給与は18~20万くらいでした、子供もまだ小さかったのでかなりきつかったです、

休みも会社の気が向いた時の平日だった為に友達との仲もどんどん疎遠になって行きました。

月に3日あればいいほうでした。

後に体を壊す人、辞める人が続出した為、弁当屋の配達を日中の部、

居酒屋の配達を夜の部とし、分けてやるようになりました、

辞める人が多いもんで、入って半年でグループリーダーなるものに抜擢され、

新人の指導や会議などに参加をさせられ、自分の時間がどんどんなくなっていき、

さすがに耐え切れず入社1年半で辞めました。

ただこの会社の良かったことは、運転手同士の仲が良かった事、会社の規律がある程度自由だった事、

これがあったので楽しくやっていけてました。

今思えばいい経験です。

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○○陸運(仮名)

この会社では主に11トンウイング車 4軸低床車を担当してました。

なんせかんせこの会社はカス仕事、他の会社が誰もやりたがらない仕事(運賃が安く、きつい)

が多く、社長がそんな仕事をよく拾ってくるので、

周りからは「乞食社長」なんて言われてる会社でした。

積み込み先で事務所に伝票を取りに行ったら、

「そんな仕事どこの会社もやらんから、○○陸運にやらせれ!」

なんて話を聞いたことがあります、

聞こえないふりをしてましたが、やはりショックだったのを覚えています、

こんな会社で大丈夫か?と不安になりながらも、とりあえずやるしかないので、

がむしゃらに頑張ってみることにしました。

誰もがやらない様な仕事とは?

仕事内容ですが飲料水、雑貨、ティッシュ、引っ越し、野菜など何でもこいの道内便でした。

何が当たるかはその日の運次第でした、

運が良ければパレット積みの飲料水、運が悪ければ以外のバラ仕事でした、

パレット積みと言っても積むのはフォークリフトで積めますが、卸しは当然バラシです、

従業員の数と合ってない仕事の量でみんなフル活動でした、

そうしないと安い運賃でやってるので会社としては採算が合わないのです。

積み込みには大体2~3時間くらい掛かって、特にティッシュや野菜は積み込み先が地方にあって向かうだけでも一苦労でした。

出勤時間

出勤時間は会社から出発するのであれば午前1~3時くらい、

前の日の夜積みした荷物の行先によって変わるのですが、大体この時間帯です。

出発は会社からか夜積み先から直接行くかのどちらかで、

大抵夜積み先からが多かったです、家に帰らないで積み込みが終わるとそのまま出発します、

その場合はまちまちですが18時~22時くらい、

家に帰れるのは週2~3回でした、

卸先まで6~8時間くらい掛かるので家に帰るよりそのまま出発した方が寝る時間が増えるためです。

眠気を我慢しすぎて・・・

毎日トラックで仮眠をとる為、疲れがあまり取れませんでした、

会社の決まりとして4時間以上の連続運転は禁止で、

4時間ごとに30分の休憩が義務付けられてました。

しかし30分休んだところで逆に怠くなり眠気が取れない事もありました、

こんな状況で車を運転していたので、幻覚を見た事が何回かあります。

ある日の夜中、眠気を我慢しながら走っていると、突然路上にでかいクマが現れ、

「うわー!」と思いとっさにハンドルを切って避けたのですが、

ふと我に返ると、何もいなかった・・・何てこともありました、

今思えば事故に繋がらなくて良かったなと思います。

到着、荷卸し

各問屋に朝4~8時までに遅くとも着いてなければ延着扱いです。

延着すれば卸先にも迷惑を掛けるし、会社で説教+始末書+減給なので必死でした。

1番遠い所で札幌から8時間、

例えば積み込み先を22時に出発すると現地着が休憩1時間はさんで次の日の7時、

到着したとたんに荷卸しが始まるのでフラフラになりながらやってました、

荷卸しに大体2時間くらい掛かり、大抵の会社は助手が付くのに、

うちの会社は経費削減の為にすべてワンマンでした、

○○陸運の運転手と言うだけで卸すのを後回しにされた事もありました、

しかも次の仕事先まで1~2時間掛かる所で午前中までに着かないと昼休みを挟んでしまうので、

必死こいてやらないと間に合わないと言う事もありました、

野菜を積みに行くときは農家に直接行くことがあったのですが、

地図も何も持たされないので、大体の場所に行き何軒も聞いて回ってやっとたどり着いたと言う事がしばしばで、

着いて休む間もなくまた2時間掛けて積んでいきます、

積んだらまたそこから卸先の問屋まで6時間くらい掛かって走り出します、

時間も指定されているので4時間毎の休憩もできない状態でした、

夕方に卸先に着いたらまた間髪入れずにまた荷卸しです、

卸したらまた次の日の夜積みをしに積み込み先へと向かう・・・

大ざっぱですがこんな流れで仕事をしてました。

体の異変・・・

こんな感じで仕事をしていたら突然耳が聞こえづらくなり、

なんとか仕事の合間に病院へ行き診てもらいました、

ストレスからくる難聴と言われ、会社に報告すると、

「体調管理がしっかり出来てないからだ!」と言われそのまま積み込みに向かいました、

それと突然涙が溢れてきたり、体の様子がおかしくなって行きました。

あとある日の朝、熱が40度近くあってさすがにキツかったですが夜積みした荷物を降ろしに行かなければ行けないので出社、

荷卸しの最中に意識を失って倒れそのまま救急車で病院、入院しました。

点滴少しで回復し、会社へ連絡するといきなり「いつまでゆっくりしてるんだ!早く出て仕事しろ!」と一喝され一日の入院だけで体調も完全に回復しないまま、無理やり仕事に戻りました、

会社に戻ると「普段の体調管理がなってないからだ!」と言われました。

給与

こんな感じで仕事をこなし、月の給与が20~22万円くらいでした。

これが当たり前だったし、他の会社の給与が解らなかったので何も考えずにやってました、

ある日友人との話の中で給与の話になり、

僕より楽な行程で、25~27万円貰っている事を知り、

体もきつかったしやってる事がバカらしくなり辞めました。

入れ替わりが激しい会社で、常に見たことがない運転手がいました、

喧嘩して辞めていく者がほとんどでした、

こんな会社に約8年お世話になりました。

まだ元気に営業してるみたいです、

たまに走ってるトラックを見かけますが、全員初めてみる顔でした。

ブラック企業から脱出して・・・

まだまだ紹介したい会社はあるのですが、特に印象に残った会社を紹介しました。

これから運転手になろうと思われる方の参考に少しでもなれば幸いです。

尚こういう会社ばかりではないのでご安心ください。

今はおかげ様でいい会社に入る事ができました。

いい会社かどうかはあくまで個人的な考えなんですが、

こういった仕事をこなしてきたからそう思うのかもしれません。

僕はいい会社だと思っていても、それでも文句を言う人はいます。

そういう人は経験が足りないし、その会社しか知らないからです、

底辺を知れば大抵の会社に勤めても良く感じるものです。

今まで培ってきたスキルや知識は決して無駄ではなかったです、

昨今の運送会社を見ていると年齢層が高く、将来の物流業界を担う若者を育てたい所ですが、

キツくて稼げない仕事は魅力もなく、今の若者は入って来ないので、

もっと今後を見据えて対策を練っていく必要があると思います。

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